花子かーさんのはっぴーライフ

花子かーさんの生活ブログです。50代の今、健康、アンチエイジングきになります。大好きなぶらり旅の感想や日常の思いをかいてます。

苺と母の命日と

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生と死

 

2月は娘の誕生日と母の命日があります。

まさしく生と死は隣り合わせを感じる月です。

 

3年前

母が亡くなった

娘の誕生日の次の日

 

きっと誕生日が命日になってはかわいそうだと母は少し頑張ってくれたんだと思う。

12時をまわり夜中の3時ごろ

血圧が急に下がり

あっという間に逝ってしまった。

 

眠ったまま

亡くなってしまった。

 

その日はなんとなく

母と一緒にいないといけない気がして

私は病院に泊まった。

 

静かに眠っていた母は

そのまま深い眠りについた。

 

 

母は数年前からガンの治療をして

すでに肺にも転移していた。

すこしづつ弱っていく母を見るのは

正直辛かった。

 

食べるのも作るのも大好きで

美味しいものを食べ

みんなにも美味しいものを沢山

つくってくれた。

 

そんな母が食べられなくなり

味覚も衰えていった。

台所にも長くたてなくなって

大好きな料理も作れなくなった。

 

時々、私が料理をつくって

食べてもらった。

病状は一進一退

それでも家で過ごすことが出来ていた。

 

そんな母がトイレに行こうとして

家で転んで

背骨を圧迫骨折

緊急入院してから

あっという間だった。

 

入院したときは

会話も出来て、母を連れてきてくれた

救急隊員に

「重くてごめんなさいね」と

普通に話していたんだから

 

お見舞いに来てくれた

私の友人とも普通に話してた。

亡くなるなんて思っていなかった。

 

でも、だんだんと弱っていった。

食事はあまりたべられなくなっていて

口当たりのいいトマトや苺を食べたがった。

 

毎日のようにトマトか苺を買って

冷たくしてタッパーにいれて

病院に持っていった。

苺を口にいれると

ああ、美味しいと

笑った。

 

私に出来ることはそれだけだったけど

毎日顔をみられただけで

安心した。

 

それなのに

入院して2週間で

母は父のもとに行ってしまった。

 

父が迎えにきたんだと思う。

病室でうとうとしていた時

父が来たような夢をみた。

扉があいたような気がした。

 

それは夢

扉はしまっていた。

 

でも、それから

しばらくして見回りの看護婦さんが

乾いた口を湿らせてくれてから

あっと言う前に

血圧が下がり

家族を呼ぶ前に逝ってしまった。

 

 

 

なくなってから

苺を見るとそのことを思い出し

なかなか苺が買えなかった。

 

店頭に並んだ苺を横目でみながら

手がでなかった。

でも、もう3年たった。

 

今年は苺を買って

仏前にお供えした。

 

苺がだいすきな娘は

美味しそうに頬張っている。

 

お母さん

あなたが愛してやまなかった孫たちも

みんな成人して元気にがんばってますよ。

安心してね。

 

たっぷりの愛情をそそいでくれた

お母さん

ありがとう

苺をたべながら

思い出している。